その言葉は、ある日不意に言い渡される「がん」。
次の瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、我が人生を改めて振り返ります。
今は日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代であります。
【できるだけ早くがん検診を受けてください。そして継続を】
がん治療の効果を判定するうえでは、診断された後に治療が開始されてから5年後に生存している人の割合を示す「5年後生存率」を、1つの医学的な指標にしています。
現代のがん治療は、がんだと診断された後の「予後」を統計的に踏まえ、最善の治療を選択していくことになります。
当然ながら「5年後生存率」は、がんが発症した部位、進行の度合い、転移の有無、悪性であるか否かなどによって大きく異なります。
統計的に見ると、進行がんでステージが進んでいた場合は、やはり予後も悪くなる傾向があります。
反対に言えば、早期に発見してすぐに治療を開始すれば、良好な予後を期待できます。
長らくがんの専門医として多くの患者さんと接してくると、「できるだけ早くがん検診を受けてください。
そして検診は継続してください」とみなさんにお伝えするほかありません。
10月は、厚生労働省が推し進めている「がん検診受診率50%達成に向けた集中キャンペーン」の期間でもあります。
そこで今回は、私が考える『現実的ながん検診の受け方』についてご紹介していこうと思います。
私の経験を通じて、みなさんが抱えている「がん検診」を受診するうえでの疑問や悩みを解決する助けになればうれしい限りです。
【まずは日本人に多い「胃がん」「肺がん」「大腸がん」のがん検診を】
さて、ひと口に「がん検診を受けよう」と推奨しても、実際には「どんな検診を受ければいいのか」といった悩みを抱えている人は多いに違いありません。
それもそのはずで、市町村などの自治体が行う検診をはじめ、がん総合検診、さらには健康診断や人間ドックのオプションで部位ごとに受けられるものなどがあります。
また、検査する方法も様々。
X線検査(レントゲン)、CT(コンピューター断層撮影装置)検査、MRI(磁気共鳴画像装置)検査、PET(陽電子 放射断層撮影装置)検査、内視鏡検査、超音波検査(エコー)、血液マーカー、喀痰(かくたん)検査、便潜血検査……などなど。
皆さんが、“お手上げ”になるのも致し方ありません。
そこで、私がお薦めしているのが、まずは、日本人の罹患(りかん)率が高い「胃」「肺」「大腸」を対象としたがん検診を受診することです。
女性ならば、先の3つに「乳がん」「子宮がん」の検診を加えるといいでしょう。
先に挙げた「胃」「大腸」「肺」の3部位は、「罹患率」が高い半面、近年の医療の進歩によって「発見率」も飛躍的に上がり、早期治療も進んでいます。
例えばステージ1で発見された場合の「5年後(相対)生存率」を見ると、胃がん97.0%、大腸がん98.7%、肺がん80.4% となります(数字は全がん協が発表した「部位別臨床病期別5年相対生存率 2001-2003年症例」)。
こうした数字になじみがない皆さんにとっては、「ステージ1」をひとくくりに見てしまいがちですが、そこには発症したばかりのがんから、「ステージ2」に近いものまでが含まれています。
進行するほどに予後が悪くなる傾向があることからも、同fじステージ1でも、できるだけ早期に発見して治療を開始することの有効性がおのずとお分かり頂けるでしょう。
では、具体的にどのような検診をどう選んで受ければいいのか。
「胃」「大腸」「肺」の順にお話ししていきましょう。これらは自治体のがん検診に取り入れられている、いわば「基本のがん検査」でもあります。
【胃がん~レントゲンを基本として、隔年で内視鏡の検査を加える】
胃がんは日本人が罹患するがんの中では最も多く、発症する数は残念ながら世界でもトップクラスです。
ただし、こうした背景から早期発見の医療態勢が整い、 早く見つければ予後も良好な代表的ながんでもあります。
検査する方法は、主として「レントゲン」と「内視鏡」になります。
自治体などのがん検診ではレントゲン検査が主流である一方、人間ドックでの胃がん検診などでは内視鏡検査(胃カメラ検査)を取り入れている場合が多く、レントゲンと併用している病院もあります。
では、どちらの検査方法がいいのでしょうか?
直接患部を見ることのできる内視鏡の方が、レントゲンよりも発見する精度が高そうに思われるかもしれませんが、実はどちらも発見率という点では大きく変わりません。
今のレントゲン検査は精度も上がり、かなり早期のがんでも特定することができます。
一方の内視鏡は、レントゲンには映らない超早期のがんや小さなポリープを見つけるのに最適です。
検診を受ける時間や予算の制約があるということであれば、まずは自治体のレントゲン検診を受けてみてはいかがでしょうか。
検査時間が短く、検査費用の補助もあり、自治体によっては1000円程度の自己負担だけで受けられるコスト的な恩恵もあります。
可能なら、レントゲンを基本の検査としながら、隔年で「内視鏡」の検査を加える。
もしも、50代から60代へと、いわゆる“がん年齢”が進んできたら、内視鏡検査に比重を置くのがいいでしょう。
【大腸がん~大腸内視鏡の検査を、2~3年に一度受診する】
食生活の欧米化などに伴い、日本人に増え続けているのが大腸がんです。
昨今では、女性におけるがんの「罹患数」でこそ乳がんに譲るものの、「死亡数」では1位にまでなりました。
検査する方法は主に「便潜血検査」と「大腸内視鏡」がありますが、主流は前者の方です。
会社で受ける職場健診などでも便を採取する検査があるかと思いますが、その目的は同じです。
便に含まれた血液の反応によって、腸での炎症による出血からがんの有無を判定するものですが、この検査は必ずしも万能だとは言い切れません。
潜血反応が出ると「要再検査」の判定が出ますが、その原因の多くは痔によるもの、便秘や硬い便などで腸を傷つけて血が混ざったケースです。
さらに現在の検査の精度では、がんが「陽性」であるにもかかわらず、そのうちの13%程度は「陰性」と判定されてしまう欠点があります。
こうしたエラーを防ぐために、昨今では2回法、3回法……と便を採取する回数を増やしているわけです。
幸い、大腸がんは比較的進行が遅い傾向があるため、1、2年で急激に病状が進むことはあまりありません。
そこで、大腸内視鏡の検査を、2~3年に一度、加えることをお薦めします。
腸の中はその複雑な形状に加えて、腸壁にはハウストラ(結腸膨起)というでっぱりがあります。
こうした要因で、内視鏡検査の“死角”となる見つけにくい場所にがんが発症することもあります。
大腸がんは自覚症状がほとんどないことが災いし、かなり進行してからでないと見つからないことも、死亡数を増やしている要因です。
こうした事態を避けるためにも、定期的な大腸内視鏡検査を受診することをお薦めします。
自治体や職場健診などでの「便潜血検査」を2年続けたら、翌年は「大腸内視鏡検査」を受診する組み合わせが、現実的な予防策だといえるでしょう。
【肺がん~レントゲンでの発見率は25%、ヘリカルCTでの検査を】
最後に、肺がんです。
罹患数は男性でみた場合は3位ですが、死亡数は1位です。
ここまで紹介してきた「胃がん」「大腸がん」と比較すると、ステージ1で発見された場合の「5年後(相対)生存率」が80%と低いのも特徴です。
検査方法には、胸部の「X線検査(レントゲン)」「喀痰検査」「ヘリカルCT」などがあります。
一般的な肺がん検診ではレントゲンと、喫煙歴や年齢に応じて喀痰検査を加えるのが主流です。
ですが、これらの検査は、超早期段階における発見が難しいため、発見できたとしても、胃がんや大腸がんと比べて予後の改善につながりにくいとの難題を抱えていました。そこで、「より早く、もっと初期にがんを発見できないか」という目的で誕生したのが、私が開発に携わったヘリカルCTなのです。
もちろん、肺がんを見つけるためのX線検査(レントゲン)は、現代のがん検査でも有効性を認められているものです。
ですが、レントゲンで確認できるがん細胞は20mm以上であることが多く、発見された時点までに進行していると、そこから急速に病状が進む傾向が強い。
しかも、発見できるのは、早期がんを含めた肺がん全体の25%程度だとされています。
肺の中の場所によっては、胸郭や背骨、心臓などがレントゲンに映り込むために、画像で特定するのはとても困難なことも多いのです。
こうした背景からも、昨今ではヘリカルCTによる肺がん検査が広く行われるようになってきました。
呼吸をおよそ10秒止めてもらう間に、肺全体を精緻に撮影することができるものです。
ヘリカルCTが登場した当初は10mm前後のがんでも発見できましたが、昨今ではさらに精度が上がり、2~3mmの間隔で体内を撮影することが可能になり、肺がんの早期発見に貢献しています。
ヘリカルCTによる検診で早期に発見できた場合は、今では「5年後(相対)生存率」が90%以上にもなりました。
現在の死亡数1位である現状から考えると、ヘリカルCTでの肺がん検診は、誰もができれば毎年受けるべき検査だと私は考えています。
なかには検査による放射線の被曝を気にする人もいるようですが、3年ほど前に被曝線量を極端に下げられる技術が開発されています。